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ホロカヤントー竪穴群

――きょうは、ニワカ考古学にハマった話。

館内に流れる「演歌」を聞きながら、窓の向うは太平洋が拡がるここは大樹「晩成温泉」。
泉温が低く、ボイラーで沸かしているのは、残念だけど、海岸だものしょうがないよね。
それでも海と陸地の境目で汲み上げるヨードたっぷりの温泉は、泉質もやわらかく独特で、とても人気がある。
そう、モルトウイスキーで云えば、アイラ系温泉なのです。

湯上がりに、海からの風に吹かれていると、
北キツネ君が林からわたしを観察している事に気付きました。



それでキタキツネ君のあとについてゆくと、原生林の散歩道に迷い込みました。



おーい、待てよキタキツネ君。
あれ、林の中に消えちゃった。
何だか騙されたみたい。
という事で、原生林の向うへ出ると、海を眺める丘一面が、タコヤキの鉄板のように、
丸い穴ぼこだらけなのです。そこは、「ホロカヤントー竪穴住居群」という遺跡だったのです。



眺めがいいから、昔の人も、夏になると、漁をしながら、ここで暮していた訳です。
それって、何時ごろの事かしら。と帰って調べてみると、
今から約1000年位前の「擦文文化期」の堅穴群。
それにしても、1000年も前の住居跡が、こうして足下で、野ざらしになっているのは、
さすがに北海道だと感心してしまう訳です。

1000年位前といえば、・・・先日ブログに記した、あの明恵上人が「不許飲酒」と仰っていた頃なのです。

そんなの教科書には出てこなかった。
そうか北海道は、その頃はオホーツク文化圏だったのだ。
本州と違って、長江文明からの流れの「弥生時代」が無いのですね・・・。

謎のオホーツク文化の人々が、北方の何処かへ帰ってしまうと・・・、
アイヌ文化の時代となるのです。



■そんな訳で、ニワカに足元の歴史に興味を持ったyosutebitoは、さっそく、休日を利用して、
近所の「埋蔵文化研究所」なるところへ足を運びました。

■15万年以上遡れる人類の歴史は、アフリカの一人の女性から出発して、
およそ8万5000年前に、アフリカを出て世界へ拡がった。
ニッポン列島にその痕跡を遡れるのは、いまのところおおむね3万年から3万5000年前だといいます。

そして1万2000年前頃までは地球は氷河期で寒かった。
氷河期が終息して、温暖化が進むと、地球も俄に活気付き、
農耕=定住も始まったのであろう。
ニッポン列島では、縄文そして弥生と文化が拡がる。




いま、われわれが暮している、ご近所の足元で発掘された、
「大正3遺跡」を例にとれば、それは1万4000年前の、
石器時代の石刃鏃(せきじんぞく)文化の黒耀石のヤジリが大量に発掘されている。

そして、おどろくことに、
1万年・2万年前とはいったい何処にあるのかというと、地表30センチ掘ると、粘土層が20センチばかりあり、
その下のザラついた表面の土壌が1万年前の地層だと言うのだ。
つまり、それは場所にもよるが、大正遺跡の場合、地表50センチ程掘れば、そこはもう1万年前という事に、
エラク驚いたわけでした。

そうだよね。人間は、宇宙の果てまで、わかったような気がしているけれど、自分の立っている、
足元の地面の中は、一体どうなっている事なのか、
ほとんど判っていないのも、なんだか不思議と言えば、不思議なのであります。



――それにしても、パズルの一片のような出土したカケラ全部に、
こうして番号をつけて、組み立てる作業は、まことに気の遠くなるような、
永遠に終わりなき作業のような気がして、
なんだか複雑な気持ちで、研究所を後にしたわけです。


■北海道から
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