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フラッチャネッロ 1996
  
  ・・・或はサンジョヴェーゼとの出会い

パヴォレット(水上バス)を降りて、初夏の日差しの強いヴェネツィアの宿へ着くと、
ホテルのロビーで、イタリア女性が私を探していた。
小柄な彼女には小学生の男の子が纏わりついていて親子とわかった。
しかし何の用事なのであろうか。

――yosutebitoさんですね。
――Yes。
――イタリアへようこそ。これプレゼントにお持ちいたしました。

女性は笑顔で語りかけてきた。
しかし・・・、
――グラ〜チェ。グラッチェ。ほんとうにアリガトウ。
と言うのが精一杯で、
いきなりプレゼントを持って現れた女性に向かって、
なんとお礼をすればいいのか、英語もイタリア語も、
ぼそぼそと、単語ばかりで途切れてしまい、
同時に申し訳ない気持ちに襲われてしまうのであった。

ミラノの実業家の彼女が

自らヴェネツィアの宿まで、持参してくれたプレゼントは、
「フラッチャネッロ1996」であった。

彼女は暑い中、一本のワインを私に届けるために、
ミラノから3時間の列車に乗ってやって来たとは、
その時わたしは、思いも及ばなかった。
しかし、仕事のついでがあったとしても、
イタリアを訪ねたわたしへのメッセージを、
一本のワインに託して、彼女は伝えたかったのだ。
わたしは、その思いに感動して立ち尽くしていた。

・・・その頃自分の、イタリアワインの知識といえば、
ニワトリマークのDOCG
=Denominazione di origine controllata e garantita
を少々という程度、たまの贅沢を愉しんでいた。

プレゼントされたワインには、
未知の扉が開かれるような直感があった。
これまでの延長線上とはまったく異なる気品のようなものが感じられた。

それがわたしのサンジョヴェーゼとの出会いであった。
1998年の初夏の話だ。

後で知った事だが、1996年、トスカーナワインは、
数種類の黒葡萄と白ワインのブレンドの義務が改正され、
サンジョヴェーゼ100%でもキャンティとして認められるようになった。

   ・・・カベルネやメルローは世界中どこだって作れる。
   ゆえに私は、サンジョヴェーゼを信じている。
   それは、トスカーナのためだけのものだから。
       ―――フォントディ オーナー/ジョバンニ・マッティの言葉。


そのサンジョヴェーゼ100%の波紋が、
「スーパートスカーナ」として、
静かな衝撃となって世間を駆け巡るには、
それ程時間はかからなかった。

フォントディの「フラッチャネッロ1996」に託して、
彼女が、わたしに伝えたかった事。
プレゼントされたワインの味わいから、わたしが直感した事。

言葉で通い合う事は出来なかったけれど、
プレゼントされた一本のワインから、
わたしは、時代の主調音を受け止めることができた。


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