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■世捨て人の熊野紀行 【2】 神倉神社へ登る |
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――なんだ、あれは。
熊野灘の夜明け。昇る朝日に、輝いているものがある。
――行って見よう。 鳥居の奥へと続く急な石段を見た途端に、 ――あっ、こりゃダメだ。ヘナヘナと、 Uターンしかけていると、地元の方が黙々と石段を登ってゆく。 ――なあに、やすみやすみ行けばいいのですよ。 その言葉を励みに、やっぱり登ろう。と思い直して、 歩き始めたが、振り返るとめまいがする様な急な石段で危ない。
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そのあるがままのような石段は、 源頼朝が寄進したという言い伝えで、鎌倉積みと呼ばれているのだ。 そこを登る地元の方たちも、 しごく日常のあるがままという感じで、 毎朝この急な石段を登って、神社にお参りしているようで、 ちゃらちゃらとした自分も、そのなかの一人のように錯覚すると、
ようやく、すがすがしい朝の気分になっていったのであった。 |
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途中からは、穏やかな参道となって、 神々の降臨したという巨岩・ゴトビキ岩へ辿り着くことが出来たのである。 ――なんだ、教えてくれればいいのに。
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熊野灘の朝日は、既に正面に昇り、 光は、このカエルの形をしたゴトビキ岩に降り注いでいた。
こうして、熊野三山を巡る旅はスタートしたのである。 |
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神倉神社の有名な「お燈祭り」の写真だ。 「お燈祭り」とは、2月6日夜。 白装束・荒縄で身を包んだ千人から二千人の男たちが松明を手に、 神倉神社の急峻な538段の石段を駆け降りるのだという。 奈良では春の到来を告げる東大寺二月堂の「お水取り」。 そして熊野では神倉神社のこの「お燈祭り」なのだ。 それは冬から春へ、死から生へと転換する、 生命再生の時の象徴でもある。 女人禁制のこの祭りの様を、街から眺めれば、 「山は火の滝、下り龍」となって、救急車も警備も待機して、 それはそれは、凄い事だと、街で会った人々は自慢していた。 熊野三山の神々が最初に降臨したという、「天磐盾(あめのいわたて)」。 そして神が鎮座する「磐座(いわくら)」=巨岩(ゴトビキ岩)。 それを祀る神倉神社の神宿る伝承を、祭りは、いまに伝えているのだ。 |
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