Jyofz07
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世捨て人の熊野紀行 【5】

 そうして熊野灘の浜辺へ


写真が徐福公園の「徐福」像だ。

『史記』秦始皇帝本紀・淮南衡山列伝にその逸話が記載され、

中国・朝鮮、また日本各地で、徐福に関する伝承は多く残されているという。

「海を越えて、不老不死の霊薬「天台烏薬」を求めて・・・、」

そういう理由で、ここまで徐福一行はやって来たという。

公園のパンフレットにも、

――活性酸素のスーパーオキシドというのが、増えすぎると老化現象を誘発する。

「天台烏薬」というクスノ木科のその根には、スーパーオキシドを消去する働きがある。

と記されてあった。

しかし、ちょっと、その頃の中国の歴史背景を齧れば、

徐福は「斉」(せい)の出身であり、「斉」とは戦国時代最後まで繁栄して、

「秦」と覇権を争ったようなので、「秦」の統一は「斉」の人々にしてみれば、

何時、一網打尽に殺されても不思議ではないから、

いろいろ、理由をつけて、「一斉」に土地を捨てたのであろう。

だからそれから百年後に記載された『史記』の逸話は、

そうデタラメでもないであろう。
そうして、聖徳太子や弘法大師の伝承のように、徐福の伝承も各地に伝わってゆく。
それは、この島国の統一神話が創られる、さらに、900年も前の話だ。


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近代以降この国の西欧化は進み、
敗戦後は米国の意向に沿って機能してきたが、
それは上辺だけの事で、われわれの心性は、しっかりと島国根性に変わりない。
しかしその島国根性とは、やまとごころとか言えば聞こえがいいが、
それはあくまでも個の心性に限られることで、
集団的合意の形成とかはまるで苦手なのは、
要は理屈よりも、理性よりも、どちらに付いたほうが得か損かという、
島国ゆえの自己保身の公私混同こそが常に肝要なのであった。
その風土に根ざす土着性、
つまりこの国は神話の国であるという背景を忘却した時、
まるでタタリのように、島は限りなく退廃してゆく事は歴史が物語っている。
ちゃんと考えを一にする間もなく、季節は変わり明日は明日の風が吹く。
だから事実と物語の境界も有耶無耶がいいのであろう。
それで山形には有耶無耶の関というのもある。

・・・ダメだ。こりゃ。
「国」である前に、「島」なんだから。
・・・そんなことでは、「税」の取り立てはできぬ。
「伝説」に沿って「神話」を創れ!
「神話」に基づいて「法」を作れ!
「法」に則って理屈を言えば皆同じ穴のムジナよ。
・・・如何にも。

・・・ところで統一神話からさらに900年前といえば、いまの世から遡れば、

源氏と平家の争った、日本仏教で言えば末法の世の頃で、

それにしても、けっこうな時間の空白なのだ。


その空白の時に関する事は、まるでわからないのは、

この島は、自然豊かだから、

べつに覇権を競わなくても、けっこう暮してゆけるわけで、

やはり隋や大唐帝国の隣国の強力な覇権圧力が及んではじめて、

その中国文字で、この国の神話が記述される必要に迫られたのも、

なるほど、そういうものかとか、

いろいろ想像する事は、とても楽しい。


そうして熊野川河口から、王子ヶ浜へ行った。

――この海を越えて、徐福一行は、来たのだなあ。

そう眺めれば、海もロマンチックに輝きを増す。

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――朝に昼に夕に、きょうは、いつも輝く熊野灘を見ていた。

北海道の海と違って、紀州の海はまっすぐに南を向いていて、とても雄大なのがいい。


歩きつかれて、新宮駅へ辿り着いたが、

次の列車までは、まだ1時間もある。

何もすることがないので、通り過ぎる人々の横顔をチラチラ眺めながら、


うーーん。徐福さんに似ているなあ。

うーーん。やっぱり、似ているなあ。


駅前の灰皿近くで、タバコを吸いながら、そうしてぼんやりと過ごしていた。

――やっぱ、ひとり旅だなあ。


すると、あっ、中上健次だ。

と思わず後を追いたくなるほどの、

作家にそっくりな横顔の若者が横切っていったのにはおどろいた。

――やっぱりなあ。来てみるものだなあ。

1708発の各駅停車は、これから3時間かけて、

終着紀伊田辺には、2003に着く予定なのだ。


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