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世捨て人の熊野紀行 【7】

 「八咫烏(ヤタガラス)牛王符」をGET

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熊野権現のお使いと伝えられている三本足の烏、八咫烏(ヤタガラス)は、

サッカーの代表チームのシンボルとしても有名になりましたが、

その熊野牛王(ごおう)といわれる、

烏文字の印字された熊野三山の御神符を、

参詣の印として受け帰らなくては、せっかくお参りしても、

それはサッカーでいえば、ゴールが認められないオフサイドと同じような・・・、

そんな気がして、熊野速玉大社にてさっそく牛王を求めたのであります。

すると一箇所だけの牛王符を求めても、

何か変なような気持ちになって、

次の熊野那智大社でも、まず牛王符を求めたのであります。


するとやはり、というか、この牛王符のことが妙に気になって、

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熊野本宮へも、どうしても行かない訳にはゆかない。

ともかく、熊野古道を歩くことよりも、何よりも、

まずバスに乗ってでも、ともかく熊野本宮へ行き、
その牛王符をもとめなければならない。

そういう、気持ちになるのも、妙に不思議なことなのでありました。

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こういう辺境と申しますか、
遠く困難な処にある、ありがたいお宮は、
ひとつだけでは、折角はるばる来たのに、何か物足りないと申しますか、
それが三山あると、お互いがこのように連動して、
サッカーでいえば、ハットトリックといいますか、
じつに有難みも増すものであるなあと、つくづく感じた次第なのであります。

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世捨て人の熊野紀行 【8】

 
「八咫烏」は大きいのか小さいのか




――八咫烏(ヤタガラス)は大きいのか小さいのか。そんなもん判るわけがないのだが、

どうも気になって、ネットとかを、ちょっと覗いてみると、


 【ウイキペディア=八咫烏】

――咫(あた)は長さの単位で、

親指と人差指を広げた長さ(約18センチメートル)のことであるが、

ここでいう八咫は単に「大きい」という意味である。


と記されてある。それの受け売りか、右へならうようにネット上では、

おおむね「八咫烏」は《大きいカラス》ということになっている。

しかし、咫(あた)が長さの単位ならば、八咫は、その18センチ×8144センチとなり、

話がおかしくなるので、「ここでいう八咫は単に「大きい」という意味である。」

とかいう理屈もヘンではないかい。


そこで、字典にあたってみた。


 字義】@古代の長さの単位。八寸を一咫という。

女子の指十本の幅が一咫で、周代には小尺といった。

それに対して、男子の指十本の幅は一尺で、周代には大尺といった。

    Aごく短い距離のたとえ。

    B少ないたとえ。

         ――〔和〕 親指と中指を開いた長さ。「「八咫鏡」。

「咫」という字の解は、

 意符の「尺」(せき)と、音符の「只」(シ)とから成る、短い長さの意。

                         角川『大字源』より引用。


・・・とある。なるほど、それが「大きい」では、まるで逆ではないかい。

どうやら「八」には別の意味も有ったのではないか。

また長さの単位にしても、それは今の世の基準で、いにしえはまた違ったのではないかい。

そこでまた、【ウイキペディア=「八咫鏡」】をみると、

――「八咫鏡」(ヤタノカガミ)の概要に、


咫(あた)は円周の単位で、0.8 尺である。

1 尺の円の円周を 4 咫としていた。

したがって「八咫鏡」は直径 2 尺(46cm 前後)の円鏡を意味する。

と記載されている。


――なんだ、これで勘違いは簡単に解明される。
46cm前後なら、べつに大きくもなんでもないから納得はゆくが、
だがしかし、
周代の「小尺」が、どこで、エン周の単位となったのであろうか・・・。
このように、ふるいものには多くの謎や、簡単な間違いが散乱していて、
素人にも大変おもしろい。

沈む夕陽が大きく見えるように、釣逃がした魚が大きくなるように、
こうして話はどんどん大きくなってゆくのであろう。
それで、おそらくワタリガラスをいったのであろう、
「八咫烏」は、はたして大きいのか小さいのか。
そんなの、判る訳ないよなあ。

でも、わたしのアタマの中では、
「八咫烏」はどんどん小さくなってゆくのだ。


■世捨て人の熊野紀行 【9】

  ――武智鉄二の『伝統と断絶』とか

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――光る海、闇深い森。

その背中合わせのコントラストが同居する「熊野」をさまよえば、

そこは辺境であるのに、むしろ世の中心であるような、

幻想のなかに幾重にもとり込まれてゆく。


そしてその矛盾をあらためて実感する事こそ、

「死」と「再生」のドラマなのだと諭すように、

「熊野」では、さまざまな伝説が語られてゆく。

個人的なことをいえば、そういうイメージの「熊野」へ行って見ようと、

思い立った一冊が、武智鉄二の『伝統と断絶』という本なのだ。


それは二十年前、たまたま古書店の棚で何気なく求めたものだが、

この本は、学校で学んだ教科書の歴史も、日常にあふれる今日的な情報も、

刷り込みに過ぎないという事を教えてくれた。


そして永い時をかけて培われた、

伝統芸能等に観られる身体の所作のうちにこそ、

われわれの持って生まれた真実が見え隠れすると主張しているようであった。


仕事に追われて、本の内容は記憶の底に沈んだままであったが、

数年前、『ナショナリズムという迷宮』、という佐藤優と魚住昭の対話する本を読み、

冒頭、魚住氏の質問に佐藤氏の答える場面で、 


  (たとえば)
   ――
200円払ってコーヒーを飲むことに、

   疑念を持たないことが「思想」で、

   そんなもの思想だなんて考えてもいない、

   当り前だと思っていることこそ「思想」で、

   ふだん私たちが思想、思想と口にしているのは「対抗思想」です。

   護憲運動や反戦運動にしても、それらは全部「対抗思想」なんです。

                              (佐藤優)


・・・という一節を読みながら、そうだ武智鉄二だ。

と『伝統と断絶』が急に甦ってきたのだ。


すると武智氏の本の内容とはまるで関係はないが、どういうわけか、

「日本の原郷」とも言われる「熊野三山」を、

どうしても自分の足で歩いて見なくてはという思いに駆られた。

そうして熊野まで、ちゃらちゃらと遣って来たのだ。

――だからこの「旅」は、

駅前の観光案内所でもらう略図をたよりに、

解説書とかガイドブックを置き去りにして、
期間限定で彷徨う事
こそが肝要なのであった。



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