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世捨て人の熊野紀行 【16】 

  「日本の原郷」紀伊半島

そういう訳で、高野山・熊野三山とその一旦を垣間見ただけでも、

味噌・醤油・鰹節・なれ鮨・梅干し・・・・と、

海を渡ってきた発酵の文化が、ここから日本各地へ浸透していったという、

食の面からも、やはり和歌山は「日本の原郷」であることがわかる。


「和風」とは、ひよっとしたら「和歌山風」から来ているのではないかと、

そんなことはないが勝手に思えるほどだ。

そして、やがてその土地その土地の風土にあった「和風」が確立されてゆく。


もちろん、その文化は、

おそらく西日本各地へも同時多発的に、大陸から伝わってきたのであろうが、

ひとの出入りの激しいところでは、時流にあわせることに追われてしまって、

消費するばかりで、熟成する暇もないのであろう。


また権力というのも強欲であろうから、やはりこのような地形の辺境よりも、

もっと効率的な土地を拠点として選択せざるを得ない事も、

紀伊半島一帯にとっては幸いだったのであろう。

だから和歌山は、はじめて訪れた者にも、

まさに「文化は辺境に宿る」という事を実感させる田舎なのである。


そこに暮らせる、限られた人々には、

またそれなりに多くの問題を抱えているのであろうが、

そういう人間の抱える問題などじつに些細なことのように見える豊かな海が、

常に圧倒的に広がっているのも、また掛替えのない場所なのであろう。


海ならば日本中にあるのだが、

このように奥行きのある森と、背中合わせの続く海は、

じつに貴重だという事も、遠くからここへ流れついた、

古代のひとびとの直感としてあったのであろう。


その掛替えのなさが、

熊野詣の背景にもあるのであろうな。


・・・そんなことを思いながら、熊野三山を巡るおやじの旅も、

いよいよ、熊野本宮を目指したのであった。

■世捨て人の熊野紀行
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