――日に日に、秋も深まりをみせております。
如何お過ごしですか。
季節は「芸術の秋」。
秋の夜長ということで、調子にのって、今夜は酔狂にも、 源氏物語の女・六条御息所をご紹介いたします。
物語は、晩秋の嵯峨野へ飛びます。
――花に馴れ来し野の宮の、秋より後は如何ならん。
源氏物語「夕顔」「葵」「賢木」を題材とした、 金春禅竹の能「野宮」(ののみや)は、 光源氏を愛した六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の心のありさまを、 ひたすら内面的に描いた名作です。
十六歳で東宮妃(皇太子妃)となり、なんと二十歳ですでに未亡人となった御息所は、 光源氏の誘惑に負け恋に落ちます。 そのとき、源氏十七歳、御息所なんと二十四歳。
しかし御息所の幸せはまたしても短く、 心変わりする源氏を取り巻く夕顔や葵上に、嫉妬を感じ始めたとき、 源氏との愛が成就するものではないと察し、 娘の伊勢斎宮とともに、自らも伊勢へ下る決意をするのです。
この斎宮のために穢れを避け、 身を清めるためにこもる斎宮の宮が「野宮」です。
=斎宮(さいくう)とは天皇が即位する毎に、
社会とは隔絶されて伊勢神宮に遣わされせる未婚の内親王のこと。
――舞台は物寂しい晩秋の嵯峨野。 旅の僧の前に現れた里女は、野宮の由来を語り、 光源氏と六条御息所の「野宮の別れ」(源氏物語『賢木巻』)の日が今日にあたること、 自分がその御息所自身であることを告げて、 黒木の鳥居に姿を消します。
――後に、僧の回向で、姿をあらわした御息所の霊は、 正妻葵上との車争いの無念や、源氏との逢瀬のせつなさを舞い、 やがてまた、火宅の門へ消え失せるのでした――。
自ら断ち切る源氏への哀しい思慕と、 たち消えぬ情念の妄執。
深く愛する故に深く迷う御息所の淋しさが、 晩秋の寂寥の中で静かに溶け合ってゆきます。
「源氏物語」は1000年前の話。 そして450年のちに物語は能「野宮」へと昇華します。 そしてさらに550年後の今日、 能の舞台をとおして、 光源氏を愛した、ひとりの女性・六条御息所の、 心の移ろいに想いよせて、 深い感銘を覚えるのです。
六条御息所というひとりの女性をめぐって、 このように深化する物語の奥ゆきと、 この国の文化の伝統を、巡る季節の中でふと想い起こしました。
――野の宮の、月も昔や、思ふらん。 影さびしくも森の下露。
――身の置き所も あはれ昔の、庭のたたずまひ、 よそにぞ変わる、気色も仮なる、小柴垣、 露うち払い、訪はれし われも、その人も、 唯夢の世と ふり行く跡なるに、 唯松虫の音は、りんりんとして 風茫茫たる 野の宮の夜すがら、
なつかしや。
《参考文献》 「天の花 淵の声」能界遊歩=小川国夫著 角川書店刊
「源氏物語と能」=馬場あき子著 婦人画報社刊
「謡曲全集」=野上豊一郎編 中央公論社刊
|