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SCAPAの男たち

1998年9月10日。
――幾度か電話をしたけれど、連絡が取れない。
――それでは、行くだけ、いってみようか。
そんな感じで「SCAPA」蒸溜所を訪ねた。

町を離れると、すぐに入江が拡がり、蒸溜所が見える。
そこはスキャパフロウ。「SCAPA」というのは、この入江の名称だ。
穏やかな入江は、古代から、恰好の舟溜りなのだろう。



SCAPA DISTILLERY」1885年創業。
テイラー&ファーガソン社。
静まり返って、人影も無い。
看板もなんだか錆付いている。
――様子が何かおかしいぜ・・・。
――おーい。誰かいますか〜。


「おー、待っていたぜ」と何処からか、
三人の男たちが現れて迎えてくれた。
――やけにひっそりとしていますね。
――うん。いま「SCAPA」は生産を休止しているのだよ。
――そうですか・・・休止中とは、知りませんでした。
そうか、我々を案内するためにわざわざ来てくれたのだね。
案内された小さな事務所には、
「1996年金賞」の賞状が壁に懸かっている。



――それじゃあ、ぼちぼちゆきますか。
ローモンド型の特徴あるウオッシュ・スチルは、
倉庫のような建物の二階にあった。
窓の向うにはスキャパ湾が拡がる。
――この特殊なスチルが「SCAPA」の個性の源なのだね。
案内してくれる男の話には、熱い思いが込められている。
それはけっして、方言のせいばかりではない。

――それじゃあ、ウエアハウスへ案内しましょう。
「樽」から汲み出してくれたモルトは、
1973・1988・1990のバーボンカスク。
熟成されたモルトは、「オイリー」で、「スパイシー」で、
なんてその時思わなかったが、とにかく「旨い」と興奮した。
普段飲んでいる「ボトル」と別物のインパクトであった。
――ご親切ほんとうにありがとうございます。昼間から酔ってしまいそうです。


――わー、製造は休止しているけれど、等分の間、飲めるだけの「樽」はありますね。
――いや、この個性的なモルトが、このまま消えてしまうのは惜しいですね。
などと言いながら、「SCAPA」は、「バランタイン」の主要モルト。
という本の解説を思い出した。

SCAPA」のもうひとつの特徴。ピートを焚かない。
と解説本に書いてある、その仕込み水を案内してくれた。
工場の脇には、その先ですぐに海へ流れ込む小川があった。
――リングロ・バーン。ウイスキーが無ければ、
名前さえ付かない、何処にでもある小さな湧き水だ。



曇り空の下で、眠るような静けさのスキャパフロウは、
20世紀の二度の大戦で、ドイツと英国の重要な戦略拠点となった場所でもある。
――第一次世界大戦末期。
降伏したドイツ軍は、Uボートの連合国側への流失を恐れ、
自ら41隻を自沈させ、スキャパ湾はUボートの墓場と化した。
――第二次世界大戦の1939年10月。
Uボートの攻撃を受けた戦艦「ロイヤル・オーク」は、15分で沈んでしまった。
乗員1200人のうち、833人の命が奪われた。
いまでもスキャパ湾の水深27mの海底に、戦艦「ロイヤル・オーク」は眠っている・・・。

目前のスキャパフロウは、この小さな島の、
歴史を象徴する「場所」なのだろう。
侵略者たちはいつも、この入江から遣ってきたのであろう。
それはバイキングであり、スコットランド王であり、
イングランドであり、フランスであり、ナチスドイツであった。
そして侵略者たちは、外的要因よりも、
むしろ内包する「自己矛盾」で、常に自壊して、島を去っていった。

5000年の長きにわたり、支配者が幾度変わっても、
オークニー島はいつも、オークニー島であった。
そういうオークニー島の人々は、自らを「オーケィディアン」と呼ぶ。


ながい時間の荒波を潜り抜けるように、オークニー島には多くの伝説が生きている。
出来事を忘れ去らずに残してゆく、「文化」の蓄積がある。
それは、語るべき「場所」と、語るべき「人」と、
そして潤滑油のような、旨い「酒」があるからなのであろうか。

こんなに小さな島なのに、
「ハイランドパーク」「スキャパ」という、
個性豊かな、ウイスキーが現存する。

――美味しい「酒」の出来る場所。
それは信頼すべき人々の暮す「場所」でもあるのだろう。

■その後しばらくして、2004年「SCAPA」蒸溜所は、生産を再開した。
■遠くへ行きたい
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